始めることで触れる便利さ

すっかり私たちの生活に浸透したパソコン。
このパソコンでインターネットを使うことによって、無限の情報を手に入れることができる。

例えば料理をする場合、レシピはもちろん多く掲載されている。
滅多に料理をしないような食材の下処理などの様にかゆい所に手が届くような情報もある。


知り合いに、普段口にしないような食材を頂いた時も、心配することなく調理ができる情報が揃っている。
かと思えば、食材や調理方法による栄養やカロリーの情報もたくさん見つかる。

健康診断などで要注意の項目が見つかった場合も、専門の知識がない普通の人が栄養素を調べて食事での療法を自分でできるのだ。
インターネットで得ることができる情報を挙げればきりがない。

それほど可能性が秘められた、広い世界なのだ。
この情報をどのように使うかは、それぞれの倫理に任されているところがあるが、まずは飛び込むことだ。始めなければ何も変わらない。

一方で、情報の取扱にも格差が生じ始めている。
デジタルデバイスを使い慣れずに、欲しい時に情報を取り出すことが出来ない「情報弱者」が存在する。
山間部で携帯電話が通じない場合でも、ネットなら繋がるケースもあるのに、使い方を知らないばかりに不便するということを指す。

東日本大震災でもツイッターが活躍したが、残念ながら被災地でツイッターを利用して必要な情報を入手出来た人は限られた一部だった。
簡単に「情報弱者」で片付けてはならない問題である。

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